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生まれたよ★
Image024_ed.jpg
7月13日11時55分、  
3200gの男の子を無事出産しました!

ヒカルさんも立会い、ヘソの緒を彼に切ってもらいました。

友達の助産師さんがずっと付き添ってくれて、フリースタイルで自宅にいるような自然な出産ができました。写真はカンガルーケアをしているところ。

本当に生命の尊さを感じて、すべてに感謝感謝です!ありがとう★
| comments(13) | - | by greenmay9
森の中のカフェ
人里離れた森の中にあるカフェ、
それが茶房パニさん。



パニさんのある上田市野倉は、孤立した山の中にある集落。
周りには木と虫と鳥しかいない。

家も家具も陶器も野菜も食べ物もすべて手作り。
すべてが自然のままにある。



テラスでランチ、うーん風が気持ちいい!
今日は友達と二人で違うランチを注文してみた。


○トーストランチとご飯ランチ

ご飯も美味しいし、空気もとっても美味しい!
まさしくロハスな世界だわ♪

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茶房パニ
長野県上田市野倉524−1
tel/fax 0268-38-3830
●営業日 金、土、日、月曜日 am10:30-pm5:00
●定休日 火.水,木曜日 但し祭日は営業
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| comments(0) | - | by greenmay9
卒業式
今日はヨガクラスの卒業式。


↑卒業記念にパンティーをもらいました。
これをはけるくらい産後はがんばりなさい!と・・・

地元の母親教室で知り合った仲間5人で
ヨガの先生を探して始めたのが3月。

普段使わない筋肉を使って、体をやわらかくすることによって
歩いていても身軽に感じる、このヨガの素晴らしさ!


↑リラックスして瞑想しているところ。

週1回、ヨガをやりながら
思い思いの悩みや不安を話したり、
知り合って間もないのにすごく仲良くなって、
今ではもう2人のお母さんが誕生した!


↑マナ先生を囲んで記念撮影!

みんなのお陰でステキな妊婦生活が送れました♪
これからはきっと育児大変だと思うけど、
また力を合わせてがんばろうね。

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パー昨日のロハス度 ★★★★★ →ロハスとは?
・地球温暖化のチラシ配りに協力
・ノーカーディ。
・ルヴァンで美味しいクッキーを購入
・講演会のアンケート集計。素晴らしい結果がでました。
| comments(2) | - | by greenmay9
つらかった日々NO.3
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結婚して2年後に不妊治療を始めた。
3回流産、1回手術してようやく妊娠。
本当につらかった、苦しかった日々。
そんな思いを忘れないために、書き留めておこうと思います。
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つらかった日々NO.1,2を先読んでね。


早速次の週からタイミング法を始める。

*タイミング法
妊娠のチャンスを高めるため、
排卵の時期をできるだけ正確に予測し、
それに合わせてセックスすること。


基礎体温表をつけて持っていったけど、
先生はあくまで内診を重視。
卵の大きさを見ながら、注射治療をする方法。
注射は排卵誘発剤のクロミッドという錠剤に比べて副作用がなく、
より正確に排卵日を特定できるのが特徴。

その代わり、注射は高いしかなり痛い!
不妊治療のほとんどは保険が適用されない。
でも赤ちゃんのためだもん。お金にかえられないね。


車で片道1時間半かけて、
4日に1度はその注射を打ちに行かなくてはならなかったので、
仕事をしながらの継続はかなり厳しく
3ヶ月、4ヶ月に1サイクルしか通えなかった。
またその注射はお尻に打つので、帰りの運転はお尻がズキズキして
けっこう大変だったのを覚えている。


私の場合は1サイクル7回くらい。7回病院に通う。
内診をして卵の大きさを見ては注射を打つの繰り返し。
適度な大きさになると、先生が
「○日後にご主人と関係をもってくださいね」と教えてくれる。

せっかく治療に通っていても、日にちまで指定されても
共働きの私たちは疲れていたり、出張が重なったりで
タイミングを逃すこともしばしば。


それでも根気良く治療を進め、1年半後の10月19日、
私たちの4度目の結婚記念日が運命の日(排卵日)!
後から調べて、この偶然に私もびっくり★


この日に結ばれた卵子と精子。


いつも通り不規則な私の周期は、生理が始まって53日を数えた。
そして妊娠検査薬をまったく期待せずに使ってみた。


目を疑う。
陽性反応がでた。


もう一度やってみた。
陽性だった。


信じられない!



これはあくまで市販の薬だからと、ヒカルにも告げずに、
翌日の11月12日、日曜日にもかかわらず早朝に諏訪マタへ行った。
(不妊治療の先生は、夏の間1ヶ月半の休み以外は
無休で治療をしてくれている、患者優先、治療優先の素晴らしい先生。)


「妊娠しているよ、おめでとう!」


エコーの画面に小さな命が見えた。
あまりの感激に涙が止まらなかった。

思わず先生の手を取って
「先生、本当にありがとうございます!」
言葉にならないほどの感謝の気持ちを、
どう伝えていいのかわからなかった。
ただただ先生の手を握り締めてた。

普段は笑顔をあまり見せないY先生が、
ニコニコして一緒に喜んでくれた。
「本当に良かったね、でもこれからがスタートだよ。」


帰りの車でヒカルさんにだけ連絡した。
嬉しかったけど、流産を3回もしている私は
やっぱりまた流産してしまうことが心配で、
とりあえず安定するまで両親にも言わないでおこうと決めた。


その夜、二人で小さなお祝いをした。
嬉しかったけど、不思議な気持ちだった。

安定するまでしばらく諏訪マタに通い、
初めて今の病院、上田市産院で受診したのが12月19日。



長かった日々。



妊娠の報告を聞いて、
私が悩んでいたことを知る親戚や友達知人は
泣いて喜んでくれた。


嬉しかった。

本当に嬉しかった。


このつらかった日々の気持ちを
少しでも理解してくれる人がいたことを思うと
一気に報われた気がした。


同じ不妊で悩んでいた友達も偶然妊娠し、
ワタシと1週間違いで出産を控えている。
しかも、同じ病院で。

経験した人にしかわからない気持ちを、
彼女は理解してくれる。感じてくれる。
そういう友達が近くにいて、本当に幸せだと思う。


明日の夜、
「身近な地域で、安心して生み育てる場所がほしい」
という市民の願いから、
「お産といのちを守る講演会」がワタシの地元上田市で開かれる。

ずっと一緒にこの活動をしてきた、
ワタシの出産予定の病院の助産師さんたちに
「あきちゃんの出産時にはずっとついててあげる!」
って心強い言葉をもらった!
スゥーっと不安が飛んでいって、お産が楽しみになってきた★


もうすぐ、もうすぐ。
よく歩いて、よく動こう。


このつらかった日々の思いを忘れずに。



本当にありがとう!


出産がんばります!




| comments(18) | - | by greenmay9
つらかった日々NO.2
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結婚して2年後に不妊治療を始めた。
3回流産、1回手術してようやく妊娠。
本当につらかった、苦しかった日々。
そんな思いを忘れないために、書き留めておこうと思います。
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つらかった日々NO.1を先に読んでね。


このままだと前に進めない、と
意を決して両親に相談した。

父親は顔色を変えて心配し、病院を紹介してくれた。
県外でも不妊治療で有名な「諏訪マタニティクリニック」。
院長の根津先生と知り合いで、父が早速電話をかけた。

最初は私も渋っていたけど、
このまま立ち止まっているよりはと思い、
5月13日に初めて行く。


諏訪マタニティクリニック(諏訪マタ)は
県内でも珍しく、不妊治療専門の先生がいる産婦人科。
不妊治療では全国的に有名で、
新聞や雑誌、TVにも取り上げられている。


玄関を入り受付をすると、PHSが一人ずつ渡される。
診察の呼び出しも、お会計も、すべて電話で呼び出される。
個人情報保護法や、不妊治療の患者さんを気遣ってのことかしら。

最初の診察は産科の根津院長に診てもらった。
世間話をしながらの診察だったので、とってもリラックスできた。
でも、診断結果は「多のう胞性卵巣」という病名だった。

*多のう胞性卵巣症
さまざまな理由によるホルモン異常のために、
卵巣から排卵が起こりにくくなっている状態のこと。


「大丈夫、心配ない。必ず妊娠するよ。」


先生の強い言葉を信じながら、そして不安を抱えながら
1時間半かけて峠を越えて家に帰る。
これからこの道のりを何度往復するんだろう・・・


あぁ私ってこんなに不健康な体をしていたんだ。
この頃に食事や周りの環境に強く関心を持ち始めた。
自分でも出来ることをしなくちゃ!がんばろう!

前の地元の産婦人科ではこう前向きにはならなかっただろう。
もっと早くから父親に相談していればよかった。


1週間後、再度諏訪マタへ。
受付をして、不妊治療専用の病棟へ行く。
待合室も診察室も産科と離れていて、
待合室には私と同じような年頃の人がけっこう居た。
みんながんばっているんだな、と少しホッとした。

この日はホルモン検査やクラミジア検査、ガン検査など一通りの検査をする。
子宮卵管造影検査(子宮が詰まっているか見る検査)は
左が詰まっていて、時間がかかったけど通る。
これはかなり痛かった。
(詰まっていたから排卵が時々なかったんだと納得。)


これからお世話になるY先生。
クールで的確で、時々見せる笑顔がステキな先生。
お世話になります。
よろしくお願いします。


先生に、以前地元の産婦人科で受けていた治療について話してみた。
基礎体温表、薬を飲んだ日、流産した日、手術をした日、その内容など。
「あれ、これおかしいね。」
先生が指摘したのは排卵誘発剤を飲んだ日のことだった。

私の体温が高温期になっているのに、医者が薬を処方していた。
高温期=妊娠している可能性あり
のはずなのに、内診もせずにただ薬をだされていた。
そんな状況が2,3度あった。
「もしかして、あの流産ってこれが原因じゃ・・・」

その産婦人科の先生の顔が浮かび、急に怖くなった。
そして同時に自分の知識のなさに、自分をとても情けなく思った。
でも、早く気づいてよかった。

つづく。
つらかった日々NO.3へ

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パー今日のロハス度 ★★★★★★★ →ロハスとは?
・家の前に咲いているアジサイが花開いた!
・会社に植えてある桑の実を採ってデザートに食べた。美味しい。
・車を使わないノーカーディ。
・洗濯をできるだけ洗濯板でやっています!
・なるべく電気を使わない生活を心がけて・・・
| comments(5) | - | by greenmay9
つらかった日々NO.1
ただいま妊娠10ヶ月。
予定日まであと10日!
お腹の赤ちゃんに会えるのを、
ドキドキして待っていますラブ

結婚して2年後に不妊治療を始めた。
3回流産、1回手術してようやく妊娠。
本当につらかった、苦しかった日々。


妊娠してから、結局つわりがまだ続いています・・・
初期は夕食後トイレに駆け込む毎日。
中期はつわりに加えて、インフルエンザや切迫早産に。
後期はようやくつわりに慣れた時期。

でも周りの人に支えられ、その温かさ、感謝は一生忘れません。
貴重な体験をさせてくれて本当にありがとう!

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初めて産婦人科に行ったのは、23歳のころ。
生理痛がひどくて仕事にならず、会社の近くの病院へ。

診断されたのは「子宮内膜症」。
「早く結婚して子供を生むことが、一番の治療法だ」と先生に言われた。
この頃から、子宮内膜症の進行を遅くする錠剤を飲み始める。
副作用があって薬は途中でやめた。

26歳の10月に結婚。
この頃の私には女の体の知識がまったくなく、
妊娠も簡単にするものだと思っていた。
最初の2年間は基礎体温もつけず、排卵日も気にしていなかった。

2年経って、昔産婦人科で言われた言葉がひっかかり
再度地元の産婦人科に行き内診を受ける。
「子宮内膜症が進行しているから、子供がほしいなら治療をはじめましょう。」

最初はただ基礎体温をつけて、
病院に通って内診をうけていた。
「もうすぐ排卵するから、ご主人と関係をもってください」


基礎体温をつけ始めて気づいたこと。
周期がめちゃくちゃだった。
排卵も来る月と来ない月があった。
自分の体なのに、今頃気づいたことだった。


周期がめちゃくちゃだったので、薬を飲み始める。
排卵誘発剤のクロミッド。これも副作用あり。

数ヵ月後、最初の妊娠は流産。
そして数ヵ月後、また流産した。

2回とも後が残るといけないので、
中絶と同じような処置をする。

気持ちがついて行くのがやっとだった。
産科専門の病院だったので、
通う度に妊婦を見るのが苦痛になってきた。


そして、今でも忘れられない2005年4月27日。
3度目の妊娠は「子宮外妊娠」だった。

*子宮外妊娠とは、
受精卵が子宮内腔以外の場所に着床して発育すること


生まれて初めての手術。

12時に病院に着き、服を着替えて手術室へ。
幸いなことに、普通なら開腹手術をしなくてはならない妊娠だけど
私はしなくて良い方法で受けられた。

この手術に関してもあまり説明も受けず臨んだので
私自身にも知識がなく、よくわからないままの手術だった。
これは本当に今でも後悔。
簡単に手術なんて受けなければよかった。

麻酔でモウロウとしていたので、
手術後はしばらくベッドでぐったり。入院をした。
両親にも、ヒカルさんの母親にも誰にも言わなかった。
こんなこと、言えなかった。


体も気持ちも不安定になり始めた時期。


でもヒカルさんにどれだけ助けてもらったか。
いつも私の愚痴を聞き、励ましてくれたヒカルさん。
私の気持ちをどうにか分かろうとして、気を使ってくれた。

あなたがいなかったら、
きっと乗り越えることができなかった道。

本当に感謝しています。


ありがとう。


この年のGWはずっと不安と戦いながら、
赤ちゃんを3回も殺してしまったことに罪悪感を持ち、
今までにないくらい不安定な日々だった。


連休後、同じ産婦人科に行く。
もうこの妊婦たちを見ることも、治療を続けることもできず
「少しお休みさせてください」と先生に告げる。
産科専門なので、まったくこちらの気持ちをわかってもらえず
「どうしてよ、治療続けないと赤ちゃんできないよー」
と軽く言われ、涙がどっと溢れ出した。

もう二度とこの産婦人科にくるものか!
悲しみと怒りで涙がずっと止まらなかった。


しばらくお休みしよう。


心も体も休めよう。


まだまだ先は長いんだし、ゆっくり行こう。


頭では前向きに考えるけど、心がついていかなかった。
この先どうなるんだろう。


つづく。
つらかった日々NO.2へ

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パー今日のロハス度 ★★★★★★★★ →ロハスとは?
・友達の結婚報告を受けて、嬉しいよ〜♪
・ヨガの日。とっても気持ちよかった!
・大きなスイカを知り合いからもらう
・貴重なお守りを知り合いのオバサンからもらう
・ヤフオクで商品が思いがけず高値で売れた!ヤッホヤッホ
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